蕎麦の雑学③

 【徳川将軍家への献上蕎麦】とは?

江戸時代、諸大名から徳川将軍家への献上は、参勤交代等と並んで統治行為の一つとして重要視されていました。献上は、御太刀や金銀馬代、御字服(それぞれ年始や端午の節句などの四季折々の各地の名産品、特産物)など三種類に分かれていて、蕎麦が献上されるのはそのうちの一つ、(時献上)とされていました。

 各大名は当然ながら、将軍家の距離が重視された中で各大名が決めるものではなく、その格式の高低によって決められていたとのこと。出羽国天童藩、信濃国飯山藩、高島藩、高遠藩、近江国彦根藩、出雲国松江藩等が蕎麦献上の代表各としてその歴史を証明する書物もあるようです。

蕎麦の花(イメージ)
収穫を待つ蕎麦の花

 その中でも(高遠藩)「現在は伊那市」で作付された【寒晒し蕎麦】が著名です。

 元禄十年(1697)刊の『本朝食鑑』にその製法について、「臘月(陰暦十二月)、殻のついたままのよく実った蕎麦を俵に詰め、三十日間 水に浸し、立春の日に取り出し(1月5日~2月4日)、日光にさらし、乾してから、俵に入れ、冷所で保存し、食べるときは必要な量だけを取り出し製粉する」と記載されています。

この製法にのっとり、長谷(旧高遠藩領地)の分杭峠(パワースポットとして非常に有名です。)のふもとを流れる粟沢川に玄ソバを浸したのち、立春の日に取り出し、日光にさらしながら約2週間ほど乾燥させて製造します。

寒晒しを行うことによる効果は次の2つがあると言われています。

1.雑味(アク)が抜ける

流水により水溶性たんぱく質が抜けだすと言われています。

しかし、タンパク総量の減少については科学的にはまだ立証されていません。

ただ、味に関係する遊離アミノ酸の組成が変化することや、カルシウムや鉄が増加することはわかっています。

※進藤ら(2001)「寒晒し処理によるソバの成分変化」による

2.甘みが増す

玄ソバが水分を吸うことで、玄ソバ中のαアミラーゼが活性化し、玄ソバのデンプンを加水分解し、糖に変えます。この作用は発芽の準備作業です。デンプンを糖に変えることで、発芽に必要なエネルギーを作り出しています。しかし、発芽してしまうと玄ソバとしての保存が難しくなってしまうのですが、この時期の「粟沢川」の水温は非常に冷たく、ソバの発芽が始まる2℃に達することはないので、長期間浸水させておくことができるためそれが可能とのことです。

また、甘味をさらに増すために重要なことが、日光に当てて乾燥させることです。日光に当てることで玄ソバの表面温度が上昇し(最高50℃くらいまで上昇します)、発芽の準備のための糖化が急速に促進されます。

(αアミラーゼの至適温度は50~70℃。)

このままでは1週間ほどで発芽してしまいますが、高遠の気温は日が落ちると急激に下がり、氷点下(場所によっては最低気温-20℃ほどに下がります)になるため、すぐに発芽準備が中止されます。また、2月の高遠の天候は9割方「晴」であり、この糖化に必要な日光が途切れることはほぼありません。その為、乾燥するまでほぼ毎日この発芽準備の開始と中止が繰り返されることとなり、甘さがどんどんと増していきます。このように「甘味の増加」は、高遠の気候あってのもので、「寒晒し蕎麦」が高遠で発祥したのもその為だと言われているそうです。

高遠そば組合

長野県伊那市高遠町小原 記録による。文献は、福原 耕氏 著 「蕎麦の旅人」を引用。

以上、将軍家へ献上された伝説の蕎麦「寒晒し蕎麦」いかがでしょうか。

 これを書く私自身も食べたことはなく、今年の販売分も売れ切れていましたので、来年こそは蕎麦好きとしてはたべてみたいものです。